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労働安全衛生法におけるリスクアセスメントとは?

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労働災害の防止は、製造業や研究施設を運営する上で最優先すべき課題です。
2006年の労働安全衛生法改正により、リスクアセスメントの実施が事業者の努力義務として明文化されました。

しかし「具体的に何をすればよいのか」「どこから手をつければよいのか」と悩まれている工場長や研究室長の方も多いのではないでしょうか。

本記事では、労働安全衛生法におけるリスクアセスメントの基本から実施手順、中小企業や大学研究室でも取り組みやすい実践方法まで、わかりやすく解説します。

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労働安全衛生法とリスクアセスメントの関係

労働安全衛生法におけるリスクアセスメントの位置づけ

労働安全衛生法(以下、安衛法)は、職場の安全と健康を確保し、快適な職場環境を形成することを目的とした法律です。
この安衛法において、リスクアセスメントは労働災害を未然に防ぐための重要な手段として位置づけられています。

具体的には、安衛法第28条の2において、事業者は「危険性又は有害性等の調査及びその結果に基づき講ずる措置」を「努力義務」として実施するよう定められています。
これは、単に事故が起きてから対策を講じるのではなく、事前に潜在的な危険性や有害性を特定し、評価し、対策を講じることで、労働災害の発生を予防しようという考え方に基づいています。

リスクアセスメントが努力義務化された背景

リスクアセスメントが努力義務化された背景には、従来の安全管理手法の限界と、国際的な安全衛生管理の潮流があります。
かつての安全管理は、災害が発生した後に原因を究明し、対策を講じる「事後対応型」が主流でした。
しかし、これではすでに失われた命や健康は取り戻せません。また、経験や勘に頼った安全対策では、見落とされるリスクも少なくありませんでした。

そこで、事前に危険性や有害性を特定し、そのリスクの大きさを評価し、適切な低減措置を講じる「事前予防型」の安全管理へと転換する必要性が高まりました。
これは、国際的な労働安全衛生マネジメントシステム(例:ISO 45001など)の考え方とも合致するものです。
製造業や研究施設においては、新たな機械設備の導入、作業プロセスの変更、危険物の取り扱いなど、常に新たなリスクが発生する可能性があります。
リスクアセスメントは、これらの変化に柔軟に対応し、継続的に安全性を向上させるための有効なツールとして注目され、法制化に至りました。

対象となる事業場と業種

労働安全衛生法におけるリスクアセスメントは、原則として「全ての事業場」が対象となります。
業種や事業場の規模に関わらず、労働者を使用する全ての事業者に実施が求められる努力義務です。

特に、以下の業種や事業場では、危険性や有害性が高いため、重点的な実施が推奨されています。

  • 製造業…機械設備の操作、化学物質の取り扱い、高所作業、重量物運搬など、多岐にわたる危険作業が存在します。工場長は、これらのリスクを体系的に評価し、対策を講じる責任があります。
  • 建設業…墜落・転落、重機との接触、崩壊など、重大災害につながるリスクが多いです。
  • 運送業…交通事故、荷役作業中の事故などが挙げられます。
  • 大学・大学院の研究室…化学薬品、高電圧機器、レーザー、微生物、放射線など、専門的かつ多様な危険性・有害性を取り扱うため、研究室長による徹底したリスク管理が不可欠です。

中小企業や大学の研究室では、専任の安全担当者がいない場合も多いため、「どこから手をつければよいか」という課題を抱えがちですが、後述する基本的な流れに沿って、まずはできる範囲から取り組むことが重要です。

リスクアセスメントとは何か

リスクアセスメントの定義

リスクアセスメントとは、職場に存在する「危険性」や「有害性」を特定し、それらがもたらす「リスク」の大きさを評価し、そのリスクを低減するための措置を検討・実施する一連のプロセスを指します。

  • 危険性…労働者に危害を与える可能性のある物や状態(例:転倒しやすい床、回転する機械の刃、高温の蒸気)。
  • 有害性…労働者の健康に害を与える可能性のある物や状態(例:有害な化学物質、騒音、振動、過重労働)。
  • リスク…危険性・有害性によって労働災害が発生する「可能性」と、その災害の「重篤度」の組み合わせ。

厚生労働省は、リスクアセスメントを「事業場に潜在する危険性又は有害性を洗い出し、それによって労働者に生ずるおそれのある負傷又は疾病の重篤度と発生する可能性の度合いを組み合わせてリスクの大きさを見積もり、そのリスクを許容可能な水準まで低減させること」と定義しています。

リスクアセスメントの目的

リスクアセスメントの最も重要な目的は、労働災害を未然に防止し、労働者が安全で健康に働ける職場環境を実現することです。

具体的には、以下の目的があります。

  • 潜在的な危険の洗い出し…普段見過ごされがちな危険性・有害性を発見し、顕在化させる。
  • 優先順位付け…多数のリスクの中から、特に重大な災害につながる可能性のあるものから優先的に対策を講じる。
  • 効果的な対策の実施…漠然とした対策ではなく、リスクの性質に応じた具体的かつ効果的な低減措置を検討・実施する。
  • 継続的な改善…一度実施して終わりではなく、定期的な見直しや新たなリスクの発生に対応し、安全衛生水準を継続的に向上させる。
  • 従業員の安全意識向上…従業員がリスクアセスメントのプロセスに参加することで、自身の作業や職場の危険性を認識し、安全意識を高める。

これらの目的を達成することで、労働災害による人的・物的損失を防ぎ、ひいては企業の生産性向上や社会的信頼の獲得にもつながります。

従来の安全管理との違い

リスクアセスメントは、従来の安全管理手法と比較して、いくつかの明確な違いがあります。

項目 従来型安全管理 リスクアセスメント
アプローチ 事後対応型(災害発生後の対策) 事前予防型(災害発生前のリスク特定・評価・対策)
判断基準 経験、勘、過去の事例 科学的、体系的な評価(発生可能性×重篤度)
対象 主に「危険源」の除去・改善 「危険性・有害性」とそれがもたらす「リスク」全般
主体 安全担当者、管理者中心 経営者、管理者、作業者全員の参加
継続性 単発的な対策になりがち PDCAサイクルによる継続的な改善

従来の安全管理が「転ばぬ先の杖」というよりは「転んだ後の治療」に近い側面があったのに対し、リスクアセスメントは「転ぶ前に危険な場所を特定し、段差をなくす、手すりを設置するなどして、そもそも転ばないようにする」という考え方です。これにより、より根本的で効果的な労働災害防止が期待できます。

リスクアセスメントの基本的な流れ

リスクアセスメントは、一般的に以下の5つのステップで実施されます。
中小企業や研究室でも、この流れに沿って進めることで、効率的に取り組むことができます。

ステップ1:危険性・有害性の特定

まず、対象とする作業や場所において、どのような危険性・有害性が潜んでいるかを洗い出します。これはリスクアセスメントの最も重要な出発点です。

具体的な特定方法

  • 作業の観察: 実際の作業を注意深く観察し、危険な動作や環境を特定します。
  • 過去の災害事例・ヒヤリハット事例の確認…自社や同業他社で発生した事故や「ヒヤリハット」事例は、潜在的な危険性を示す貴重な情報源です。
  • 作業手順書の確認…各作業工程に潜む危険を洗い出します。
  • 機械設備・化学物質等の情報収集…機器の取扱説明書、安全データシート(SDS)、化学物質のリスク評価情報などを確認します。
  • 従業員からの意見聴取…実際に作業を行っている従業員は、現場の危険性を最もよく知っています。アンケートやヒアリングを通じて意見を募りましょう。
  • チェックリストの活用…厚生労働省や中央労働災害防止協会(中災防)などが提供しているチェックリストを活用すると、漏れなく特定できます。

このステップでは、どんな小さなことでも「危険かもしれない」「健康に害があるかもしれない」と感じたら、リストアップすることが重要です。

ステップ2:リスクの見積もり

特定した危険性・有害性について、それが原因で労働災害が発生する「可能性(頻度)」と、発生した場合の「重篤度(重大性)」を評価し、リスクの大きさを決定します。

発生可能性

  • 極めて低い(めったに起こらない)
  • 低い(たまに起こる可能性がある)
  • 中程度(時々起こる可能性がある)
  • 高い(頻繁に起こる可能性がある)

重篤度

  • 軽微な負傷(かすり傷、打撲程度)
  • 休業を伴う負傷・疾病(骨折、入院など)
  • 死亡または永久的な障害

これらの組み合わせにより、リスクレベルを「極めて高い」「高い」「中程度」「低い」などに分類します。
たとえば、「発生可能性が高い」かつ「重篤度が高い」リスクは、最優先で対策を講じるべき「極めて高い」リスクと判断されます。
リスクマトリックス(縦軸に重篤度、横軸に発生可能性をとった表)を用いると、視覚的に分かりやすく評価できます。

ステップ3:リスク低減措置の検討

見積もったリスクレベルに基づき、リスクを許容可能な水準まで低減するための具体的な措置を検討します。この際、対策には優先順位があります。

リスク低減対策の優先順位(リスクコントロールの階層)

  • 除去(Elimination)…危険源そのものをなくす(例:有害な化学物質の使用を中止する)。
  • 代替(Substitution)…より危険性の低いものに置き換える(例:有機溶剤を水溶性の洗浄剤に替える)。
  • 工学的対策(Engineering Controls)…危険源と作業者を隔離する、安全装置を設置する(例:機械のガード、局所排気装置、インターロック)。
  • 管理的対策(Administrative Controls)…作業方法や手順を改善する、教育・訓練を行う(例:作業手順書の整備、安全教育、立ち入り禁止区域の設定、休憩時間の確保)。
  • 個人用保護具(Personal Protective Equipment: PPE)…作業者が身につける保護具(例:安全帽、保護メガネ、安全靴、防護手袋)。

優先順位は上から順に高く、PPEは最後の手段とされています。
できる限り上位の対策を検討することが、より本質的な安全確保につながります。

ステップ4:リスク低減措置の実施

検討したリスク低減措置を計画的に実施します。
この際、誰が、いつまでに、どのような方法で実施するのかを明確にし、担当者を定めます。

  • 計画の策定…実施する対策、担当者、期限、必要な資源(予算、人員)などを具体的に計画します。
  • 従業員への周知と教育…実施する対策の内容や、それによって変更される作業手順などを、関係する従業員全員に周知し、必要な教育・訓練を行います。特に、安全装置の使い方や保護具の正しい着用方法などは徹底します。
  • 実施状況の確認…対策が計画通りに実施されているか、定期的に確認します。

中小企業や研究室では、予算や人員に限りがある場合も多いため、費用対効果を考慮しつつ、まずは重大なリスクから優先的に、実現可能な対策から着実に実施していくことが大切です。

ステップ5:記録と見直し

リスクアセスメントの実施状況と結果は、必ず記録に残し、定期的に見直すことが重要です。

  • 記録の作成…危険性・有害性の特定結果、リスクの見積もり結果、検討・実施した低減措置、その効果などを記録します。これらの記録は、今後の改善活動の基礎資料となります。
  • 定期的な見直し…職場環境や作業内容に変化がなくても、少なくとも年に一度はリスクアセスメント全体を見直しましょう。
  • 変更時の再アセスメント…新しい機械設備の導入、作業手順の変更、新たな化学物質の使用など、職場環境や作業内容に大きな変更があった場合は、速やかにリスクアセスメントを再実施する必要があります。
  • 効果の評価…実施した低減措置が、実際にリスクを低減し、労働災害の防止に貢献しているか効果を評価します。期待通りの効果が得られていない場合は、さらなる対策を検討します。

リスクアセスメントは一度行ったら終わりではなく、継続的な改善(PDCAサイクル)を通じて、職場の安全衛生水準を向上させていく活動です。

リスクアセスメント導入のメリット

リスクアセスメントの導入は、単に法令遵守に留まらず、事業場全体に多くのメリットをもたらします。

労働災害の減少

最も直接的かつ重要なメリットは、労働災害の発生を減少させられることです。
事前に危険性・有害性を特定し、対策を講じることで、事故を未然に防ぐことが可能になります。
これにより、従業員の安全と健康が守られ、安心して働ける職場環境が実現します。

労働災害が減少すれば、休業補償や治療費、損害賠償といった直接的なコストだけでなく、事故調査、生産ラインの停止、代替要員の確保といった間接的なコストも削減できます。

生産性の向上

安全な職場環境は、従業員のモチベーションと集中力を高め、結果として生産性の向上につながります。
危険が少ない環境では、従業員は安心して作業に集中でき、作業効率が向上します。

また、労働災害による生産ラインの停止や納期遅延のリスクも低減されるため、安定した生産活動が可能になります。

さらに、リスクアセスメントを通じて作業手順を見直すことで、無駄な動きや非効率なプロセスが発見され、作業改善につながることもあります。

従業員の安全意識向上

リスクアセスメントのプロセスに従業員が参加することで、自身の作業に潜む危険性を認識し、安全に対する意識が高まります。
自らリスクを発見し、対策を検討する経験は、受動的な安全教育よりもはるかに効果的です。

従業員一人ひとりが「自分ごと」として安全を考えるようになり、職場全体の安全文化の醸成に貢献します。
これにより、従業員同士のコミュニケーションが活発になり、より良い安全対策が生まれる土壌が育まれます。

企業イメージの向上

安全衛生に積極的に取り組む企業は、従業員だけでなく、顧客、取引先、地域社会からも高い評価を得られます。
労働災害の少ない企業は、社会的責任(CSR)を果たしていると見なされ、企業イメージが向上します。

これは、優秀な人材の確保、取引先からの信頼獲得、そして株主からの評価向上にもつながります。
特に製造業や研究施設では、安全への取り組みが企業の信頼性を大きく左右するため、リスクアセスメントの実施は企業の持続的な成長に不可欠な要素と言えるでしょう。

まとめ

労働安全衛生法におけるリスクアセスメントは、製造業や研究施設にとって、労働災害を未然に防ぎ、従業員の安全と健康を守るための不可欠な取り組みです。
「危険性・有害性の特定」「リスクの見積もり」「リスク低減措置の検討」「リスク低減措置の実施」「記録と見直し」という5つのステップを体系的に実施することで、職場の安全衛生水準を継続的に向上させることができます。

中小企業や大学の研究室では、リソースの制約があるかもしれませんが、まずはできる範囲から、具体的なチェックリストや既存の情報を活用し、従業員と協力しながら一歩ずつ進めることが重要です。
リスクアセスメントは、単なる法令遵守ではなく、労働災害の減少、生産性の向上、従業員の安全意識向上、そして企業イメージの向上という、多岐にわたるメリットをもたらします。

本記事が、工場長や研究室長の皆様がリスクアセスメントを理解し、実践するための一助となれば幸いです。
安全で安心できる職場環境の実現に向けて、今すぐリスクアセスメントの導入を検討しましょう。

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